感情と共感とリーダーシップについてのあれこれ

共感とは何か

EQ(Emotional Intelligence)などで語られたりもするし、コミュニケーション、そして、リーダーシップの不可欠の要素として共感力(Empathy)が挙げられることが多い。近年注目されたマイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラの本も、「共感」が一つのテーマだ。

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来

Hit Refresh(ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来

ここでは、共感とそして感情について、自分の考えていることをつらつら書く。まとめたかったが、全くまとまらなかったのでポエム。

共感(empathy)の定義

共感力の重要性については、英語で語られるので、ひとまず、「empathy」の意味を確認する。

en.oxforddictionaries.com

上の辞書によれば、「empathy」とは「他人の感情を理解し、共有する能力」とのこと em(en)という接頭語は、「中に」というニュアンスもあるので、他人に感情移入したりする能動的な能力を含んでいるのだと思う。

共感(empathy)の種類

一般的に、共感力には「認知的共感(Cognitive Empathy)」と「情動的共感(Emotional Empathy)」の二つがあると語られたりすることが多いようだ。心理学のテストなんかでは、これらを別の能力として扱って測定したりする。

共感 の種類 意味
情動的共感 相手の感情を自分のことのように感情移入する能力
認知的共感 相手の状況、ものの見方を理解する知的能力

時々、認知的共感のことを純粋に、理知的で感情の共有も伴わない場合もある、とされる。後で書くが、おそらく、現実の共感力を語る上で両者を厳密に区別することは難しい。

共感力の基礎

共感は、多分、スポーツのプレイのようなもの。ある程度の心的体力とスキルがいる。

自分の感情への気づきと感じることの受容

自分の感情への気づき、というのは結構重要。人は傷ついていたり、怒っていたりするのに気づかなかったりする。抑圧された感情は、制御できない行動や、意図しない他人へのインパクトとなって、対人関係に影響する。

もう一つは、家族療法家バージニア・サティアの洞察だが、自分の感情に対する反応/感情というのがある。典型的には、悲しみや怒りのようなネガティブな感情が自分に生じたとき、ほとんど同時に、それに対する怒りなり、恐怖なりの自己防衛の感情が沸き起こることがある。これは注意深いリフレクションをしなければ原因は全く分からない。これも制御できない感情が対人関係をややこしくする。

大抵の場合、感情はそのまま受容する、否定しない、感じることを許す、というのがよりよい関係や、ストレスのない生活につながるように思われる。

ただ、人によっては、トラウマの蓋をあけてしまう、みたいなことになりかねないので注意が必要なものではある。

自分はネガティブな感情に対する耐性が相当強い方で、強いネガティブな感情とワークすることが苦にならないので、そうしたリスクは全く感じないのだが。。。

他者の感情への感応

感情は伝播する。一種のテレパシーといっていい。役者はその能力を表現に活用するし、学術的な研究もある。そのおかげで、ある程度の精度で我々は他人の感情を理解することができる。ただ、感情の伝播に対する感度は、ひとつには視力のようなもので強い人と弱い人がいるということ。また、人から影響を受けないように、それらを拒絶する反応を示す場合があるなどの理由で、他人の感情をあまり感じ取れない場合がある。

他人の感情を感じ取れたとしても、それを受け取ってどう扱うか、というのは、ちょっとスキルがいる。自分勝手な解釈をしてしまうのもよくないし、また、本人が気づいてないものを受け取ってしまったときなどそのままフィードバックするのも相手を無駄に傷つけ、自己防衛に追い込むことになる。

対人コミュニケーションにおいては、大抵の場合は、ただ、伝播してくる感情をそのまま拒絶せず受け取る、というだけでコミュニケーションがスムーズになったりするし、様々な気づきをえることができるようになると思う。

受け取ったものをフィードバックしたらいい場合もあるが、

  • 解釈を極力排除すること
  • フィードバックを受け取る用意が相手にあること。(同意を得るなどの方法で)

などがないと、うまくいかないことが多いと思う。

自己の感情と他者の感情の区別、そして、投影への気づき

感情の伝播と関係するが、相手の感情を受け取ると、それを自分の感情のように感じ取り、否定したりしたくなる場合がある。ある程度は仕方ないが、人の自然な感情まで否定してしまう時がある。 (感情的に)「ネガティブなことを言うな」 みたいなやつ。 これは多くの場合、自分の中にあるネガティブな感情が他人の感情を感じ取ることで自覚せざるを得なくなり、それを否定したくなって、関係のない他人を批判する、ということだと思われる。投影の一種。

本来的には、他人がどういう感情をもっていようが、自分とは関係ないはず。周囲の人間の感情を一定の状態に保とうとするのは、何らかの不合理な心的メカニズムが自分の内面にあるとみなした方がよいと思われる。

他者の状況の内在的理解

他人の状況を理解する、というのは、単に知的に分析するだけではなく、知的に再構築した他人の経験や状況を追体験し、感情も含めて味わうことで様々な視点を得ることができるように思われる。これは小説や映画、ドキュメンタリーをみたりすることでもできるだろう。最近の個人的な経験では、演技の練習はこれの良い訓練になる。

想像力を駆使した他者の状況の内在的理解、というのは、社会や組織の一見不合理なメカニズムを理解するための非常によい手がかりになると思われる。 もちろん、それらあくまで仮説で、事実にもとづいた検証にさらされなくてはならないのだが。。。

個人的に、リーダーに共感が重要なのは、対人コミュニケーションにそれが役立つ、という点ではなく、 情緒的共感と認知的共感の合わせ技によって、人間の相互作用システムを深く理解し、組織や社会における人間系システムに新しい関係性を構築する洞察を与えてくれる点にあると思っている。

2019-01-21 この本、著者の実体験と研究も合わさってよい本。

感情の問題地図 ~「で、どう整える?」ストレスだらけ、モヤモヤばかりの仕事の心理

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効果的なフィードバックについて

Engineering Manager vol.2 Advent Calendar 2018 の 23日目の記事。

現場のエンジニアとしてのリーダー、および研修講師としてのフィードバックを与えたり、受けたりする経験から、より、成長につながるようなフィードバックについて、つらつら書いていく。

ビジネスにおけるフィードバック

フィードバックという言葉は欧米のビジネスにおいては一般的な言葉として昔から使われていて、ずいぶん前から日本でも広まってきているように思う。限定的な意味としては、「業績評価」などを伝える評価面談などをフィードバックと呼ぶことがあり、よりカジュアルな意味としては仕事上の様々な局面での他者(上司含む)からの評価を伝えることをいう。
「ちょっとフィードバックするね。昨日のプレゼン、あれは少しユーザ相手には細かなこと言いすぎたんじゃないかな」とか

360°フィードバック、という人事制度を採用しているところもあるだろう。

フィードバックとは

フィードバックのもともとの意味は、あるシステムの出力の一部を入力に変換し、自動制御に役立てるメカニズムのこと。 よく言及される古典的な例として、機関車の調速機がある。スピードが上がるとその分スピードを下げるように働き、スピードを一定に保つ仕組みだ。調速機は、スピードが上がれば上がるほど、それとは逆向き(負)の入力に繋がるから「負のフィードバック」と呼ばれる。

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IT業界では、Scrumなどが広まっていることもあり、工学的な意味のフィードバックの方が馴染みのある人も多いかもしれない。(大学で制御工学などをやってきた人もいるだろう。)

ビジネスにおけるフィードバックの定義

G.M ワインバーグは著書『ワインバーグのシステム行動法』の中で、マネジメントに関わるフィードバック(効果的なものもそうでないものも)は次のように言えるという

  1. 過去の行動についての情報が

  2. 現在発せられ、

  3. 将来の行動に影響を与えたり、与えられなかったりする

フィードバックの重要性

人によるフィードバックは重要だと昔から言われている。古いマネジメントの文脈では、上位者が適切なフィードバック/評価によって、組織を統制し、部下をコントロールするために不可欠だ、と捉えられてきた面もあると思われる。

現代においては、

  1. 個々人の仕事能力の成長に不可欠であること

  2. 組織やチームの一員として存在を承認され、動機付けられること

などが挙げられるだろう。今回の記事は主にマネージャーやリーダー向け。

フィードバックの難しさ

フィードバックは難しい。
人は自分を客観的にみることは本質的にできないので、大抵の場合、他人からどう見えるか、ということを知らされると、自己認識と異なる事実に直面する。フィードバックに慣れていない、かなりの人は心理的なショックを受ける。

また、与える方もつらい。どんな強面で通っている人間も、実は目の前で人にショックを与えるということは非常に大きな心理的なストレスなのだ。だから、実社会では、あまり率直なフィードバックは好まれない。

さらに、与えられたフィードバックはあくまで、その発信者の主観的な情報であり、完全に客観的なものではない。フィードバックの発信者と受信者では、見解の相違の可能性は常にあり、これが効果的なフィードバックを難しくする。

次から自分が考える効果的なフィードバックを可能にするアイデアをつらつら書いていく。必ず常にこれをやったほうがいい、というわけではなく、ツールセットとして持っておくといいと思うもの。

明確なゴール/期待値の共有

フィードバックを与える前提として、明確なゴール/期待値の共有が相手と共有されているかを確認する。

フィードバックは、もともと、自律制御のためのもの。そもそもその人がゴールや期待値を知りえない場合は、どのように自律的に行動していいか分かるわけがない。必然、自己評価とフィードバックとの乖離は大きくなる。

もし誰かに時間をかけてタフなフィードバックをしなければならない、と感じたとしたら、フィードバックの前にそもそも「ゴール/期待値」が共有されているのか、ということを確認したほうがよい。

客観的なフィードバックシステム

フィードバックを与える前提として、客観的なフィードバックシステムを構築する。

自分がうまくやれているのか、ということを組織内の上司や同僚が教えるのではなく、客観的な情報から判断できるのであれば、本人にとっては、それがより行動を制御する正確な情報源となる。完了したタスク/バックログ、成果物の品質、各種のメトリクスなど。こうした客観的な情報が妥当で、分かりやすくなっているならば、人の解釈に基づくフィードバックをした場合も乖離は小さくなるし、フィードバックした意見の食い違いに対しても、客観的な情報を土台に議論できる。

注意するべきは、対面フィードバックでの心理的ストレスを避けようとして、「数字」に責任を押し付けること。個々人のスキルや行動特性の評価は複雑で、最終的には人の判断によってしか妥当な評価は不可能である。評価する責任からは逃げてはいけない。

フィードバックシステムが機能しているかどうかは、One On Oneなどの場で、どんな情報をもとに、仕事の出来を評価し、行動を調整をしているかを確認してみればよい。

いわゆるKPIは、本来は、こうした仕事の仕方を調整するのに役立つ情報を明確化するものでもあったはずだが、単に成績をつけるためのものになっている場合もある。

正確で客観的な事実に基づいたフィードバック

フィードバックの時に限らないが、言葉は正確に使う。

「スキルが低い」といった抽象的なおおざっぱな評価ではなく、合意可能な事実を土台に、自分の評価を伝える。また、追従的お世辞なども不要。フィードバックを与える前に、自分の評価や印象が、どのような観測事実からどのような推測を経て生み出されたのかを振り返るといいと思う。

小さく、早めのフィードバック

特に組織への新規参入者やスキルが未熟なメンバーに対するフィードバックはよく観察して、認識齟齬やスキル不足があれば、早めにフィードバックしたほうが良い。

ポジティブフィードバック

ポジティブなフィードバックを与える。

仕事している普通の状態は組織に貢献している状態。そのため、貢献できなくなった異常事態の方が目立つし、我々は本能的にそれに注目する。しかし、当然日々の仕事の過程のなかで個々人なりの強みの発揮も、工夫も、努力も、成長もある。これらを達成することは、トラブルを復旧するのと同等のエネルギーを注いでいる。また、こうした細かな改善やエネルギーの投入が現実のビジネスを支えている。こうした目立たない行動に対してもポジティブフィードバックを与えると、その行動を強化することになる。

まずは、こうした目立たない努力や成果とその重要性に気づくことが大切と思う。それに気づければ、自然とポジティブフィードバックは多くなると思う。とはいえ、どうしても見落としがちではあるので、意識的にフィードバックを多めにした方がよいと思う。自戒も込めて

観察をじっくりできない場合などは、面談のときなどに自己評価してもらって、ポイントを教えてもらうといいと思う。どんな小さなことでもよいから、と。教えてもらえるとそれを見つけるのは、比較的楽になる。見つけたら、それを伝えるとポジティブフィードバックになる。

注意点として、ポジティブフィードバックも当然、事実に基づいたものであるべき。抽象的な称賛は自尊心を満足させはするけど、行動への影響は小さい。また、単に頑張っていることを評価するのではなく、目立たないけど実際に貢献している、ということを評価するべき。

大きな貢献に対しても、しっかりとポジティブにフィードバックすべき。照れてフィードバックしない場合もあるが、有能な人材のモチベーションをそぐことになる。

フィードバックとは関係ないが、予想外に大きな成果を誰かが挙げた場合、しっかりとその要因を探ってチームに還元しよう。自然にチーム内に還元できる文化があるのが理想だが、できてない場合はマネージャーがそれをやる、もしくはやる文化を作る。

Iメッセージとしてのフィードバック

フィードバックは「Iメッセージ」として与える。

「自分にはこう見える、こう受け取った。こう思った」ということ。フィードバックはあくまで「情報提供」であり、それをどう受け取るか、は本人が決めるしかない。その選択の自由を明示的に与えること。ただし「Iメッセージ」は事実である、ということはしっかりと合意したほうがいい。

また、可能なら、フィードバックをどう受け取ったか、については確認してもいい。感情的に受け取れないときは、その状況を受け入れて時間を与えることも有効。

繰り返すが、フィードバックをどう受け取るか、は強制できない。人は本質的に自律的に行動する。指示待ち人間と周囲から見えても、彼にとってそうすることが合理的に思えたから、それを意識/無意識に選択している。だから、フィードバックを受け取ることを強制しようとすれば、必ずその場では受け取ったふりをするし、受け取ったように見られるための見せかけの行動をせっせと行うようになる。フィードバックする目的は現実の行動変容やスキルの向上を実現し、ビジネスの成果に結びつけること。うわべの追従を生み出すことはそれに結びつかず、その場でのマネージャーの自尊心を満足させるだけ。

個人的な経験では、目的も共有され、事実に基づいたフィードバックがされているのに、それに抵抗する場合は、スキルに不安があり、失敗を恐れていることが多い。支援することを提案したり、失敗も許容するなり、時間を与えるなりをすると、客観的な議論が可能になる。

できないものはできないし、誰もできない状態のままでいたいわけはないので、さぼっているわけでもない。客観的に、事実に即してスキルを向上させるなり、やり方を変えるなりするしかない。

自尊心に配慮する

ネガティブフィードバックのときには自尊心に配慮する。

だれも面子ををつぶされたくはない。状況にもよるが、もし、人にネガティブなフィードバックを聞かれるのを嫌がるようなら、人の見えないところに移動するなどしてもよい。

人格否定をしないことは当然だが、人はやはり、人格と仕事の評価を結び付けてうけとってしまうことも多い。そのため、明示的に本人の人格評価はしていない、と伝えることが有効なこともあると思う。おそらく、最も有効なのは、フィードバックを与える人自身が、仕事の成功失敗を人格評価と結びつけるという考え方を一切やめることだと思う。

否定的な評価や失敗について指摘されることを過度に恐れているようなら、「失敗は誰にでもある」、「経験がないことには誰でもスキルが未熟」、「人はだれしも得手不得手がある」、「パフォーマンスは状況に左右される」、「現実と向き合うことが重要」などの一般的な認識(経験も含めて)を共有するのが、個人的には有効と感じている。こうしたとき、自尊心に結びついた過度な完璧主義が成長を阻害している。失敗を自分自身に許容する態度が可能だということを理解できると、上手く成長軌道に乗る場合も多い。

暗黙のフィードバックに注意

フィードバックは、必ずしも意図したものだけが受け取られるとは限らない。仕事のアサイン、ポジティブフィードバックの不在、など意図しない行為が暗黙のフィードバックになって影響を与える。

心配しても仕方ない面もあるが、細かなコミュニケーションからどのようなフィードバックがチームや組織に「実際に」機能しているのかを把握することが大切。

自分からフィードバックをうけとる

自分からフィードバックを受け取りにいく。

自分のマネジメントの改善になるため非常に有効。効果的なマネジメントの下ではフィードバックも効果的になる。フィードバックを受け取るときも、自分が与えるときのポイントをそのまま適用する。

  • 組織の目標や期待値(マネジメントの責務)を共有する(マネジメントの責務の定義は自己防衛に走らないように気を付ける。完璧には決して出来ない。組織/チームの長期的な成果に貢献できる責務を定義する。)

  • 自分のマネジメントについての客観的なフィードバックシステムを用意する

  • 正確で客観的な事実に基づいたフィードバックを求める。(抽象的だったりしたら、具体例を聞くなど)

  • 特にマネジメント初心者の場合は、小さく、早めのフィードバックを求める

  • ポジティブフィードバックも求める

  • フィードバックは、Iメッセージに過ぎないので、どう受け取るか、は自分で決めることができる

  • 自分の自尊心に配慮していい。非難されても、完璧主義に毒されないこと。

  • 無言のフィードバックに、時には注意してみる。また、勘違いして受け取っている場合もある。

追記(2019/01/07)

大事なこと忘れてた。フィードバックの情報量は、相手が受け取れる量に絞り込む。余裕で受け取れる、ぐらいにしないとだめ。消化できる情報量は個人差、および、前提知識によって差があるので、適宜調整すること。

個人的なおすすめ本

リーダーが育つ変革プロジェクトの教科書

リーダーが育つ変革プロジェクトの教科書

第9章がフィードバックに割かれている。 カジュアルにポイントが書かれている。

ワインバーグのシステム行動法 ソフトウェア文化を創る (3)

ワインバーグのシステム行動法 ソフトウェア文化を創る (3)

ソフトウェアエンジニアリングマネージャーとしての効果的な対人コミュニケーション全般について書かれた名著。 フィードバックについては17章。

ワインバーグのシステム思考法 ソフトウェア文化を創る〈1〉

ワインバーグのシステム思考法 ソフトウェア文化を創る〈1〉

フィードバックシステムのマネジメントへの応用について。ちと例が古いので、今時の若者は読み解くのが難しいかも。

スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学

スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学

自尊心の扱い方について参考になる。

What Did You Say? The Art of Giving and Receiving Feedback (English Edition)

What Did You Say? The Art of Giving and Receiving Feedback (English Edition)

かなりがっつりフィードバックについて。面白い。

The Managerial Moment of Truth: The Essential Step in Helping People Improve Performance (English Edition)

The Managerial Moment of Truth: The Essential Step in Helping People Improve Performance (English Edition)

フィードバックそのものではないけど、部下育成の効果的な面談法について。 日本語に昔訳されているけど、到底おすすめできる翻訳になっていないので割愛。

定番。

補足:管理しないについて

ソニックガーデンのように、「管理しない」を採用している事例もあるが、実際にどのようなフィードバックシステムが存在するか、をみてみると、実は不思議でもなんでもない。

  • 成果に直結するソースコードはチームでレビューされている。

  • 顧客ビジネスに役立っているかはプログラマが直接顧客と相対しているのでそこからフィードバックを得られる。

  • アジャイルで小さく開発しているので、フィードバックが小まめで小さい。

  • スキル評価は、実は一人前になるかならないか、というポイントでキチンと行っている。

要するに、細かな「評価」はしないけど、組織のビジネス成果につながる効果的なフィードバックがデザインされている。

緊張構造(Structural Tension)をつくる

緊張構造は、ロバート・フリッツのメソッド。

 

自分なりにようやく理解して、体得してきた感じがするので、一度ここで理解していることを書き出してみたいと思った。知っている人向けの記事。

 

少し考えると、やはり、言葉で説明するのは難しい、と悟った。あまりにも単純だから。その難しさはここに書いた

medium.com

 

だから、ここでは、「この記事を書く」ことを緊張構造を利用してやってみて、そのプロセスを記述してみる。

 

ビジョンを描く

まずは、ビジョンを描く。ビジョンは、自分が創り出したいもの、目の前に存在するすることを望むもの。それを現実的に思い描いた。

 

・緊張構造についてのブログ記事(内容はもやっとしている)

・ロバート・フリッツのメソッドを学んだことのある人が読んで、理解と実践の助けになるもの(映像を思い描いた)

 

この時点で、色々な邪魔なものが頭をかすめる。知らない人が読んでも面白くない記事を書くのはどうか、グダグダの記事を書くと評判を落とすのでないか、やっぱり言葉で説明するのは難しいよな。。。多くが自意識の問題。とりあえず横にどかして、目標に集中する。

 

達成しなきゃならない、という強迫観念も捨てる。実現したい未来をドンと置く、というイメージ。

 

ビジョンから現実をみる

次に現実をみてみる。自分は今ここで自分の目に映るものに意識を移してから考え始める。

・記事はできてはいない。

・mediumの記事は書いた。

・新しい知識は不要。現時点での理解を共有すればよい

 

そうこうしているうちに、行動したい衝動が起こる。というより、体が勝手に動き始める。感情の高ぶりはない。坦々と行動しだす。

 

書こうと思うと、アイデアが湧いてくる。

 

言葉で説明するのは本質的に難しい。

だから、主観的体験を共有すればよい。限られた読み手のささやかな助けになることがビジョンだ。

この記事を書くプロセスをそのまま書いてみたら、たぶん助けになるだろう。

 

アクションプラン

 書き始めればよいし、すぐ書き始められる、と分かった。

 

ここまで書いてみて、読み直して確認する。振り返りを書いた方が読む人の助けになる、と思って振り返りを書く。

 

やってみての振り返り

・エネルギーはビジョンと現状をセットアップすると流れ出す。アクションプランはその結果。

・感情の高ぶりは一切なかった。(ある時もあるだろう)

・ビジョンは、描くとき、現状をみるとき、やっているとき、にどんどん形を微妙に変え、明確になっていった。アクションが終わったとき、ビジョンは現実になっている。

・自意識は常に邪魔しに来る。それを脇にのける。

ビジョンなるもの

経営にも、製品にも、人生にもビジョンは必要。

けど、経営ビジョン作っても、現場ではしらけたり、製品ビジョン作っても、設計段階で意味なくなったり。

 

ビジョンに駆動されていない人や組織がそうなるためにはどうすれば良いのか。例えば、こんなことを考えたらいいと思う。

 

  • とりあえず、作る。部外者が理解できるかよりも、自分たちがテンション上がるかを重視して作る。世の中の良いとされるビジョンは、大抵、その言葉だけでは理解できない。具体的な組織や個人の実践あってはじめて理解される。
  • ビジョンが実現した状態と現在の状態を定義する。現在とどう異なるのかを考える
  • 具体的な行動が、ビジョンに向かっているかをチェックする
  • 必要に応じて修正する。いきなりいいビジョンが描けるって幻想は捨てた方が良い。ただ、テンションは下がる感じに修正してはいけない。
  • 重要でないものを削る。削ってもテンションが下がらないものが結構あるもの。

 

ポエムだが。。。

 

 

 

 

プラユキ・ナラテボーさんの瞑想会行ってきた。

プラユキさんについてはこちら。備忘録として書く

 

blog.goo.ne.jp

 

インド系の勉強や座禅(臨済宗)は、教わったことあったけど、上座部仏教系については独学で、ちゃんとワークショップ行ったことなかった。普通の人たちに実際に役に立つことを教えてくれてる感じでとても良かった。

スケジュール

午前中   仏教の基本的な考えの講義と手動瞑想

午後  歩く瞑想、呼吸の瞑想、手動瞑想、グループで振り返り+質疑応答

 

仏教の基本

 世界は関係性で成り立っている。因(直接条件)と縁(間接条件)でできている。物事の認識の仕方(触⇨受⇨渇愛)で苦しみは起こる。縁は家族や会社、友人関係、読書みたいな環境要因。因はその人のものの見方や心。

 

 苦しみから抜け出すには、受(快・不快・中性)から5力を使って渇愛に至らないようにし、苦しみを滅していく。そして、他の人に楽を与える(抜苦与楽=慈悲)

 

5力

 五力 - Wikipedia

 結構独自の説明があって面白かった。

 基盤となる力

  • 信:信頼力。心にしっかりと向き合うこと。自己信頼、起こってくる感情などへの信頼。オープンハート。
  • 精進:努力。悪を減らし、善を増していく

 3つの中心

  • 念:覚醒力。今ここに生じている心身現象をあるがままに気づく力。自覚する力。マインドフルネス。
  • 定:受容力。大きな心の器、深い懐。
  • 慧:洞察力。心身現象をあるがままに洞察し、理解する力 

 

特に「三昧」とも漢語で言われる「定」について、集中力ってニュアンスで語られることが多いけど、全てを受け入れて動じない心、みたいな説明。

 

瞑想中でも、微細に集中するのではなく、気づくこと、心が乱されてもそれを観察して、OKと受け入れることを強調していた。そうでない瞑想の仕方もあるみたいだけど、自分が最初に習った瞑想もそうやってたからそういうもんだと思ってた。

仏教とは

 ヴェーダ哲学やそれを継承した仏教は、人の世で起こることを全て関係性と認知の問題として見る。これは、システム論的なものの見方。非常に合理的な世界観で何よりも実益がある。自分の中では仏教は宗教というより心身のトレーニング法。武道みたいなものに近い。仏教ではなく、仏道。変に脳科学みたいな怪しい話を持ってくるより、作業仮説として釈迦の理論をちゃんと参照した方が科学的とすら言えるのではないかなあ。

 

だから、適度な瞑想は、本当に人を変容させる。

 

ちなみに、自分の中で、このシステム的な世界観で、非常に効果的なアプローチとしてはクリーンランゲージがある。

 

今現在、

  • 瞑想
  • クリーンアプローチ(クリーンランゲージ/クリーンスペース)
  • エニアグラムのタイプ論

が、自分の中での自己変容のための3種の神器かなあ。その全ての根底にシステム思考がある。もちろん、どれも単なるツールに過ぎないし、イケテナイ瞑想、イケテナイエニアグラムは腐る程あるので、あれなんだけど。。。

 

自由に生きる

自由に生きる

 

 

苦しまなくて、いいんだよ。

苦しまなくて、いいんだよ。

 

 

 

「気づきの瞑想」を生きる―タイで出家した日本人僧の物語

「気づきの瞑想」を生きる―タイで出家した日本人僧の物語

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

人の変化を支援するコミュニケーションとしてのクリーンランゲージ

最近ハマっているクリーンランゲージについて、現時点での考察をメモっとく。検証は不十分なので、間違っていることもあるかも。

 

クリーンランゲージ(Clean Language)とは

セラピストであるDavid Groveが使っていたコミュニケーション技法。

  • セラピストの思い込みや期待などが極力排除された「クリーンな(clean)」質問のみを使う
  • セラピーやコーチングのセッションでは、クライアントが実際に話した言葉、行ったジェスチャーをそのまま尊重し、活用する
  • 事実やクライアント本人ではなく、メタファーに着目して、コミュニケーションを続けていく。

クリーンランゲージの基本的な前提は、人はメタファーで世界を捉える、ということ。クライアントが持つメタファーの全体像を明らかにしていくことは、クライアントのものの見方を明らかにしていく、ということ。

 

参考

Less Is More: The Art of Clean Language

クリーン・ランゲージ

 

Clean Language: Revealing metaphors and opening minds

Clean Language: Revealing metaphors and opening minds

 

 

Metaphors in Mind: Transformation through Symbolic Modelling (English Edition)

Metaphors in Mind: Transformation through Symbolic Modelling (English Edition)

 

 クリーンな質問

クリーンな質問どんなものか、ということについて、創始者のDavid Grove自体は定式化できない、と述べていたそうだけど、David Groveの手法をモデリングし、体系化したペニー・トンプキンスとジェイムス・ローリィや彼らに学んだ人たちはクリーンな質問を色々と整理している。

上に紹介しているWendy Sullivan,Judy Reesの『Clean Language』では下記の12の質問がクリーンな質問としている。日本語訳はちゃんと考えたほうがいいので、参考程度に。

1.What kind of X(is that X)                Attribute   

   Xはどんな(種類の)Xですか?   属性/性質

2.is there anything else about X?       Attribute

   Xについて他に何かありますか?  属性/性質

3.Where is X? or whereabouts is X?   Location 

   Xはどこにありますか?          位置/場所

 Xはどのあたりにありますか ?

4.that’s X like What?                             Metaphor

 Xは何のようですか?         隠喩/比喩

5.is there a relationship between X and Y?  Relationship

 XとYの間に関係はありますか?       関係

6.when X, what happens to Y?                    Relationship

 Xの時、Yに何が起きますか?       関係

7.then what happens? or(and) what happens next?          Sequence

   それで、何が起きますか?              順序

 次に何が起きますか?

8.what happens just before X?                   Sequence

 Xの直前/すぐ前には何が起きますか?    順序

9.where could X come from?          Source

   Xはどこから来るのですか?         根源(Locationと言っている人もいる)

10.what would X like to have happen?   Intention

   Xは何が起きると良いですか?             意図 

11.what needs  to happen for X?        Necessary Conditions

 Xには何が起きる必要がありますか? 必要条件

12.can X happen?                              Necessary Conditions

 Xは起こりえますか?       必要条件

 クリーンランゲージを使ったセッション

クリーンランゲージを使った個人セッッションは「シンボリックモデリング」と呼ばれる。質問する方はファシリテータと呼ばれる。例えばこんな感じ。

C:最近、仕事のモチベーションが上がらなくて...

F:「仕事のモチベーションが上がらない」で、何が起これば良いですか?

C:仕事のモチベーションが上がればいい。

F:「仕事のモチベーションが上がればいい」で、その「モチベーション」はどんな種類の「モチベーション」ですか。

C:うーん。なんか、毎日朝起きて、やるぞーって思える感じ

F:「仕事のモチベーションが上がればよい」、で、その「モチベーション」は「毎日朝起きて、やるぞーって思える感じ」、で「やるぞーって思える感じ」のとき、「やるぞーって思える感じ」は何のようですか?

C:うーん。登山して、山の頂上で叫んでいる感じ。

F:その「山の頂上」はどんな種類の「山の頂上」ですか?

 こうして出てきた「山の頂上で叫んでいる」みたいなメタファーを掘り下げていくと、クライアントはかなり色々な気づきが得られる。(ここら辺は体験しないとわからないと思うが。)

 

これがクライアント中心のコーチング手法だと、例えばこんな感じになると思う。

C:最近、仕事のモチベーションが上がらなくて...

F:仕事に対して、真摯に取り組もうとする姿勢が素晴らしいですね。どんな仕事がしたいのですか?

C:もっと、世の中の為になっているって実感が得られるような仕事がしたいんです。

F:世の中の為になるなることがモチベーションになるなんて、Cさんらしいですね。もし、奇跡が起こって、世の中の為になっているって実感が得られるような仕事ができたら、Cさんには何が起きますか?

 まあ、コーチング手法には色々あるので、一概には言えないけど、クライアントを「認知」したり、クライアントが持っているリソースやゴールを探っていくってのは結構共通していると思う。コーチは人に興味を持つ。クリーンなファシリテータは、少なくとも質問はクライアント本人というよりもメタファー中心になる。

 

何で、クリーンランゲージが自分にとってこんなに衝撃的なのか、は記事を分けて書く。

組織開発とかの位置付けとタイミング

 

これの続き、 

V字回復の経営―2年で会社を変えられますか (日経ビジネス人文庫)

V字回復の経営―2年で会社を変えられますか (日経ビジネス人文庫)

 

 

ほんの中で、組織開発・組織活性化コンサルティングの話が出てくる。そこまで批判的ではないけど失敗例というか、何の意味があったの、的な扱い。

 

逆に、著者は経営、組織行動の変革の結果として文化変革や活性化を起こすことをを推奨している。

 

まあ、自分は著者の意見に同意する。著者が言っているように、調子の悪い組織はある種変な甘えや、たるみがある場合が多い。そういう時に、組織内において、いわゆる組織開発的な、対話的なアプローチは行動や文化を変えるようなインパクトを起こせない場合が多いと思う。組織に蔓延する現状維持のエネルギーに取り込まれる。

特に、現実的な利害構造がその文化を助長している部分があるので、知的なシステム構造の分析と対策が欠かせない。心や関係を変えようとしてもシステムが邪魔をする。システムを構造的に変化させるには、知的な分析と判断を行い、リスクをとって対策を遂行している必要がある。

 

そうした組織は病んでいる部分があるから、組織に属する個人が外の人と対話したり、カウンセリング的なアプローチを求める、という構図はとても共感できるし、個人にとってはメリットも大きい。

 

じゃあ、組織開発やダイアローグの効果的なポイントは何だ、というと、

一つは、例外的に困難な状況、リストラ後、合併後などにおける関係性構築と文化の立て直し。

もう一つは、組織に切迫感や危機感がある程度あることを前提に、来るべき変化の時を、より安全に、ストレスなく、スムーズに、行うための継続的準備

 

上の二つくらいなんじゃないかな、と思う。

 

個人の変容という観点からも、人生イージーモードの人は、なかなか変われないことが多い。

組織が変われば、心が変われば、いろんなことが可能になる、てのは多分本当だろう。けど、人の心や組織の文化は目に見えないけど独自の論理で動いているもの、好きなようにいじくれるものでもない。