効果的なフィードバックについて
Engineering Manager vol.2 Advent Calendar 2018 の 23日目の記事。
現場のエンジニアとしてのリーダー、および研修講師としてのフィードバックを与えたり、受けたりする経験から、より、成長につながるようなフィードバックについて、つらつら書いていく。
ビジネスにおけるフィードバック
フィードバックという言葉は欧米のビジネスにおいては一般的な言葉として昔から使われていて、ずいぶん前から日本でも広まってきているように思う。限定的な意味としては、「業績評価」などを伝える評価面談などをフィードバックと呼ぶことがあり、よりカジュアルな意味としては仕事上の様々な局面での他者(上司含む)からの評価を伝えることをいう。
「ちょっとフィードバックするね。昨日のプレゼン、あれは少しユーザ相手には細かなこと言いすぎたんじゃないかな」とか
360°フィードバック、という人事制度を採用しているところもあるだろう。
フィードバックとは
フィードバックのもともとの意味は、あるシステムの出力の一部を入力に変換し、自動制御に役立てるメカニズムのこと。 よく言及される古典的な例として、機関車の調速機がある。スピードが上がるとその分スピードを下げるように働き、スピードを一定に保つ仕組みだ。調速機は、スピードが上がれば上がるほど、それとは逆向き(負)の入力に繋がるから「負のフィードバック」と呼ばれる。
IT業界では、Scrumなどが広まっていることもあり、工学的な意味のフィードバックの方が馴染みのある人も多いかもしれない。(大学で制御工学などをやってきた人もいるだろう。)
ビジネスにおけるフィードバックの定義
G.M ワインバーグは著書『ワインバーグのシステム行動法』の中で、マネジメントに関わるフィードバック(効果的なものもそうでないものも)は次のように言えるという
過去の行動についての情報が
現在発せられ、
将来の行動に影響を与えたり、与えられなかったりする
フィードバックの重要性
人によるフィードバックは重要だと昔から言われている。古いマネジメントの文脈では、上位者が適切なフィードバック/評価によって、組織を統制し、部下をコントロールするために不可欠だ、と捉えられてきた面もあると思われる。
現代においては、
個々人の仕事能力の成長に不可欠であること
組織やチームの一員として存在を承認され、動機付けられること
などが挙げられるだろう。今回の記事は主にマネージャーやリーダー向け。
フィードバックの難しさ
フィードバックは難しい。
人は自分を客観的にみることは本質的にできないので、大抵の場合、他人からどう見えるか、ということを知らされると、自己認識と異なる事実に直面する。フィードバックに慣れていない、かなりの人は心理的なショックを受ける。
また、与える方もつらい。どんな強面で通っている人間も、実は目の前で人にショックを与えるということは非常に大きな心理的なストレスなのだ。だから、実社会では、あまり率直なフィードバックは好まれない。
さらに、与えられたフィードバックはあくまで、その発信者の主観的な情報であり、完全に客観的なものではない。フィードバックの発信者と受信者では、見解の相違の可能性は常にあり、これが効果的なフィードバックを難しくする。
次から自分が考える効果的なフィードバックを可能にするアイデアをつらつら書いていく。必ず常にこれをやったほうがいい、というわけではなく、ツールセットとして持っておくといいと思うもの。
明確なゴール/期待値の共有
フィードバックを与える前提として、明確なゴール/期待値の共有が相手と共有されているかを確認する。
フィードバックは、もともと、自律制御のためのもの。そもそもその人がゴールや期待値を知りえない場合は、どのように自律的に行動していいか分かるわけがない。必然、自己評価とフィードバックとの乖離は大きくなる。
もし誰かに時間をかけてタフなフィードバックをしなければならない、と感じたとしたら、フィードバックの前にそもそも「ゴール/期待値」が共有されているのか、ということを確認したほうがよい。
客観的なフィードバックシステム
フィードバックを与える前提として、客観的なフィードバックシステムを構築する。
自分がうまくやれているのか、ということを組織内の上司や同僚が教えるのではなく、客観的な情報から判断できるのであれば、本人にとっては、それがより行動を制御する正確な情報源となる。完了したタスク/バックログ、成果物の品質、各種のメトリクスなど。こうした客観的な情報が妥当で、分かりやすくなっているならば、人の解釈に基づくフィードバックをした場合も乖離は小さくなるし、フィードバックした意見の食い違いに対しても、客観的な情報を土台に議論できる。
注意するべきは、対面フィードバックでの心理的ストレスを避けようとして、「数字」に責任を押し付けること。個々人のスキルや行動特性の評価は複雑で、最終的には人の判断によってしか妥当な評価は不可能である。評価する責任からは逃げてはいけない。
フィードバックシステムが機能しているかどうかは、One On Oneなどの場で、どんな情報をもとに、仕事の出来を評価し、行動を調整をしているかを確認してみればよい。
いわゆるKPIは、本来は、こうした仕事の仕方を調整するのに役立つ情報を明確化するものでもあったはずだが、単に成績をつけるためのものになっている場合もある。
正確で客観的な事実に基づいたフィードバック
フィードバックの時に限らないが、言葉は正確に使う。
「スキルが低い」といった抽象的なおおざっぱな評価ではなく、合意可能な事実を土台に、自分の評価を伝える。また、追従的お世辞なども不要。フィードバックを与える前に、自分の評価や印象が、どのような観測事実からどのような推測を経て生み出されたのかを振り返るといいと思う。
小さく、早めのフィードバック
特に組織への新規参入者やスキルが未熟なメンバーに対するフィードバックはよく観察して、認識齟齬やスキル不足があれば、早めにフィードバックしたほうが良い。
ポジティブフィードバック
ポジティブなフィードバックを与える。
仕事している普通の状態は組織に貢献している状態。そのため、貢献できなくなった異常事態の方が目立つし、我々は本能的にそれに注目する。しかし、当然日々の仕事の過程のなかで個々人なりの強みの発揮も、工夫も、努力も、成長もある。これらを達成することは、トラブルを復旧するのと同等のエネルギーを注いでいる。また、こうした細かな改善やエネルギーの投入が現実のビジネスを支えている。こうした目立たない行動に対してもポジティブフィードバックを与えると、その行動を強化することになる。
まずは、こうした目立たない努力や成果とその重要性に気づくことが大切と思う。それに気づければ、自然とポジティブフィードバックは多くなると思う。とはいえ、どうしても見落としがちではあるので、意識的にフィードバックを多めにした方がよいと思う。自戒も込めて
観察をじっくりできない場合などは、面談のときなどに自己評価してもらって、ポイントを教えてもらうといいと思う。どんな小さなことでもよいから、と。教えてもらえるとそれを見つけるのは、比較的楽になる。見つけたら、それを伝えるとポジティブフィードバックになる。
注意点として、ポジティブフィードバックも当然、事実に基づいたものであるべき。抽象的な称賛は自尊心を満足させはするけど、行動への影響は小さい。また、単に頑張っていることを評価するのではなく、目立たないけど実際に貢献している、ということを評価するべき。
大きな貢献に対しても、しっかりとポジティブにフィードバックすべき。照れてフィードバックしない場合もあるが、有能な人材のモチベーションをそぐことになる。
フィードバックとは関係ないが、予想外に大きな成果を誰かが挙げた場合、しっかりとその要因を探ってチームに還元しよう。自然にチーム内に還元できる文化があるのが理想だが、できてない場合はマネージャーがそれをやる、もしくはやる文化を作る。
Iメッセージとしてのフィードバック
フィードバックは「Iメッセージ」として与える。
「自分にはこう見える、こう受け取った。こう思った」ということ。フィードバックはあくまで「情報提供」であり、それをどう受け取るか、は本人が決めるしかない。その選択の自由を明示的に与えること。ただし「Iメッセージ」は事実である、ということはしっかりと合意したほうがいい。
また、可能なら、フィードバックをどう受け取ったか、については確認してもいい。感情的に受け取れないときは、その状況を受け入れて時間を与えることも有効。
繰り返すが、フィードバックをどう受け取るか、は強制できない。人は本質的に自律的に行動する。指示待ち人間と周囲から見えても、彼にとってそうすることが合理的に思えたから、それを意識/無意識に選択している。だから、フィードバックを受け取ることを強制しようとすれば、必ずその場では受け取ったふりをするし、受け取ったように見られるための見せかけの行動をせっせと行うようになる。フィードバックする目的は現実の行動変容やスキルの向上を実現し、ビジネスの成果に結びつけること。うわべの追従を生み出すことはそれに結びつかず、その場でのマネージャーの自尊心を満足させるだけ。
個人的な経験では、目的も共有され、事実に基づいたフィードバックがされているのに、それに抵抗する場合は、スキルに不安があり、失敗を恐れていることが多い。支援することを提案したり、失敗も許容するなり、時間を与えるなりをすると、客観的な議論が可能になる。
できないものはできないし、誰もできない状態のままでいたいわけはないので、さぼっているわけでもない。客観的に、事実に即してスキルを向上させるなり、やり方を変えるなりするしかない。
自尊心に配慮する
ネガティブフィードバックのときには自尊心に配慮する。
だれも面子ををつぶされたくはない。状況にもよるが、もし、人にネガティブなフィードバックを聞かれるのを嫌がるようなら、人の見えないところに移動するなどしてもよい。
人格否定をしないことは当然だが、人はやはり、人格と仕事の評価を結び付けてうけとってしまうことも多い。そのため、明示的に本人の人格評価はしていない、と伝えることが有効なこともあると思う。おそらく、最も有効なのは、フィードバックを与える人自身が、仕事の成功失敗を人格評価と結びつけるという考え方を一切やめることだと思う。
否定的な評価や失敗について指摘されることを過度に恐れているようなら、「失敗は誰にでもある」、「経験がないことには誰でもスキルが未熟」、「人はだれしも得手不得手がある」、「パフォーマンスは状況に左右される」、「現実と向き合うことが重要」などの一般的な認識(経験も含めて)を共有するのが、個人的には有効と感じている。こうしたとき、自尊心に結びついた過度な完璧主義が成長を阻害している。失敗を自分自身に許容する態度が可能だということを理解できると、上手く成長軌道に乗る場合も多い。
暗黙のフィードバックに注意
フィードバックは、必ずしも意図したものだけが受け取られるとは限らない。仕事のアサイン、ポジティブフィードバックの不在、など意図しない行為が暗黙のフィードバックになって影響を与える。
心配しても仕方ない面もあるが、細かなコミュニケーションからどのようなフィードバックがチームや組織に「実際に」機能しているのかを把握することが大切。
自分からフィードバックをうけとる
自分からフィードバックを受け取りにいく。
自分のマネジメントの改善になるため非常に有効。効果的なマネジメントの下ではフィードバックも効果的になる。フィードバックを受け取るときも、自分が与えるときのポイントをそのまま適用する。
組織の目標や期待値(マネジメントの責務)を共有する(マネジメントの責務の定義は自己防衛に走らないように気を付ける。完璧には決して出来ない。組織/チームの長期的な成果に貢献できる責務を定義する。)
自分のマネジメントについての客観的なフィードバックシステムを用意する
正確で客観的な事実に基づいたフィードバックを求める。(抽象的だったりしたら、具体例を聞くなど)
特にマネジメント初心者の場合は、小さく、早めのフィードバックを求める
ポジティブフィードバックも求める
フィードバックは、Iメッセージに過ぎないので、どう受け取るか、は自分で決めることができる
自分の自尊心に配慮していい。非難されても、完璧主義に毒されないこと。
無言のフィードバックに、時には注意してみる。また、勘違いして受け取っている場合もある。
追記(2019/01/07)
大事なこと忘れてた。フィードバックの情報量は、相手が受け取れる量に絞り込む。余裕で受け取れる、ぐらいにしないとだめ。消化できる情報量は個人差、および、前提知識によって差があるので、適宜調整すること。
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補足:管理しないについて
ソニックガーデンのように、「管理しない」を採用している事例もあるが、実際にどのようなフィードバックシステムが存在するか、をみてみると、実は不思議でもなんでもない。
成果に直結するソースコードはチームでレビューされている。
顧客ビジネスに役立っているかはプログラマが直接顧客と相対しているのでそこからフィードバックを得られる。
アジャイルで小さく開発しているので、フィードバックが小まめで小さい。
スキル評価は、実は一人前になるかならないか、というポイントでキチンと行っている。
要するに、細かな「評価」はしないけど、組織のビジネス成果につながる効果的なフィードバックがデザインされている。